第3回無料体験会のご報告

先日の土曜日はプラタナス教室にて体験会を行いました。

【カリキュラム】
①フォイヤ―シュタイン「分析的知覚」
②GEMS「液体の探検」
③メルサイエンス「カラフル養分」

結果は・・

大発見の嵐でしたので抜粋しきれません。

参加は、小学生から高校生まで、幅広い年齢層。
初めて会う中で、多少の緊張感がありつつも、
「ああ、こういう図形の問題は得意なんだ~」
と意欲的に取り組む人が続出。
まずは自分の考えを元に色分けしていきます。
でもちょっと待って。これはどう分けたらいいんだろう。。
疑問を口にしながら、でも自分はこれでいいと思う。ちゃんと根拠があるからさ。
お友達は一体どうわけたのかな?ん?自分とは違うね。でも、それはそれでわかるよ。ぼくも迷ったからね。

そんなやりとりが交わされました。

液体の探検では、
どこかで見たことがあるような液体が次から次へと出てきて、
「絶対これは醤油でしょー」「振ってもいい?泡が出てるよ」
「蓋がしてあるけど、うっすら匂うんだ。わかった。洗剤!」
など、液体が何であるか興味津々。
これを、とにかく分類してみよう!
色で分ける?量で分ける?口に入れても大丈夫なものかどうかにする?
チームで話しをしながら、決めていきました。

蓋を開けて、この液体の正体を当ててみよう。
酢、油、牛乳、ドレッシング、醤油、絵の具。。
炭酸水はやっぱりそうだった。
泡が立ってたけど、こちらは実はみんなが今日教室に入った時に使ったものです。というとえー?と驚きが!
何?何だろう?この匂いは、ハンドソープだ!
急いで確認しにいく子どもたち。
液体は色々なところにあったんだね。

液体の不思議な性質をもう一つ実験して
最後はレモネードを作って飲みました(笑)

メルサイエンスでも今回は、身近な食材を使って実験。
ゴム手袋をして、ゴーグルをしてそんな危険な実験なの~??
実験道具を一人一人手渡されて。ドキドキしながら待つ。
計量スプーンに乗せた物質を試験管に入れるのって、集中力が必要なのね。
良かった~これでいいの?慎重にね。
爆発しない?爆発はしないよ。
色がどんな風に変化するか、よーく観察しててね。

うわー一気に変わった!
何で?どうして?
これはヨウ素溶液っていうものだよ。
ああ、習ったことある。でんぷんに反応するんだよね。
よく知ってたね。食べ物によって含まれている栄養素が違うんだよ。
反応がでるものと出ないものがあるね。

科学って見えないものを見せてくれるんだね。

楽しかったなあ。
みんなの笑顔があふれた3時間でした。

プラタナスがオープンしてから、あっという間に1ヶ月が経とうとしています。

この教室では新しい試みが多く教室はいまだ発展途上にあります。

例えばこれ。

庭があって、この庭では生命の循環が見えるように少しずつビオトープ化していく予定です。

まずはカブを植えるところからスタートしました。

そしてなんと翌日には芽が出ていたらしい。

さて、この先どんな成長を遂げるのでしょうか?お楽しみに!

武蔵浦和に新たに教室がオープンしました

2020年7月、武蔵浦和に新しく「体験型学び開発教室」として教室がオープンしました!

2020年7月より、こうゆう舎では新規教室をオープンしました。

武蔵浦和駅から徒歩10分のところにあるこじんまりした一室ですが、中で行われる授業は魅力的なサイエンスや算数、そして自分の力を最大限に引き出すための新しい認知トレーニングが行われています。

既存の学習観が根底から変わる、未知の学び舎へようこそ!ぜひ楽しい体験をしに来てくださいね。

ただいま、無料体験受付中です!

🏡 platanusの場所

〒336-0022

埼玉県さいたま市南区白幡

4丁目17-17-105

JR埼京線、武蔵野線「武蔵浦和駅」東口徒歩10分

 

お申込みはこちら

Qメタ認知が愛着の形成に関係があると聞きました。どんな風に関係があるのでしょうか?

まず「愛着形成不全は必ずしも愛情不足が理由ではない。」ということを理解していただけたらと思います。

ですから愛着とメタ認知の関係で言うと、メタ認知の誤差によって生まれた愛着不安が自己を正しく認知することを困難にすることがある、と言えると思います。

はじめに、メタ認知とは自分の行動や考え方を客観的に捉え直し、自分の行動や考え方を規定していく認知能力のことです。

例えばリンゴを見たときに、「リンゴだ!美味しそう!」と考えた自分がいたとしたとして、さらにもう一度

「あれ?でも本当に美味しいのか?」

「美味しそうと思っただけで見た目に騙されてないか?」

「さっき夕飯を食べたばかりなのにまだ食べられるのか?」

「買って消費するだけの財力はあるのか?」

「美味しそうと思っただけで食べたいのとは違うのではないか?」

といったように、自分の判断にいったん客観性を持たせます。

そうすることで冷静に対象を見つめることになるので、主観的な感情やその瞬間の欲求だけで行動するのでなく客観的な要素も含めて判断することができるようになります。

これをさらに仕事や自己のメタ認知に高めていくと

「自分の作業能力は○○さんに比べて遅いが、△△さんに比べると速い。平均的かな。」

「新しいことを考えるのは苦手だと思ってたけど、身近な課題を考えたことが無かったな。ちょっと目を向けて考えてみようか。」

「自分は新人だから今は先輩の言うことをよく聞いていこう。」

になります。

僕の場合で言えば「本を読む時間が減ったので少し読む時間をとろう。」

「夜21時以降にコンビニに行くと夜食がかさばってお腹が膨れるので、21時以降にコンビニに行くのをやめよう。」

「仕事ばっかりだったけど全然自分を労われていないから、労わる時間を持とう。」とかですね。

続いて感情や性格のメタ認知になると

「今は○○だからイライラしている」

「気が長いほうだと思ってたけど客観的には気が長いようには見えないらしい。」

「自分のずぼらなところが出てしまったことが理由で仕事がおろそかになったのだろう。」

などです。

よく言えば、自己のメタ認知を建設的に行うことで自分の行動や考え方を改善し成長させていくことができるのがメタ認知です。

こうした自己のメタ認知は必ずしも絶対的ではなく、自分の考え方と客観的にみられている自分や自分に対する考え方とは普通ずれがあります。このずれを補正することでメタ認知能力の精度は高まりますし、補正しなければメタ認知能力は固着し徐々に判断や行動が自己中心的になります。

だからといって一方的に他者からみた自分だけを尊重しすぎると本来自分がありたい姿を見失ってしまいます。このずれを一致させる順序としては

「こうありたいという自己像の想像」→「近づくための手立て・方法の計画・実行」→「周囲から見た自己像の確認・一致」→「投影し自己を変容させる」 となると思います。

これらが愛着と関係があるとするのは、このずれを補正できるかどうか、という点にあると考えられます。

幼い頃の親の『あんたなんてどうせなにやったってできないんだからさ』という一言が理由で常に自分の能力を低く見積もるとか、「あなたは本当に天才!誰もあなたに敵わないよ!」と言われ続ければ、過剰に自己の能力を高く見積もり、いざというとき立ちはだかる壁(相手)に対して極端に不快感を示し、逃避・破壊といった行動にもつながる可能性があります。

そうした言動はその頻度や場面といった偶然の要因によってインパクトの大きい出来事として記憶されることがあります。

例えば学校で友達と喧嘩して帰った。母親に話を聞いてもらいたかったのにそのとき「今はあんたの話はどうでもいい!」と言われれば「誰も話を聞いてくれないんだ。」という記憶が、その後の生活全体に影響を及ぼして「周りは誰も自分の話を聞いてくれない。」という考えに至ることがあります。

しかし実際はそれまで親身に聞いてくれたこともあった、他の友達で聞いてくれる人もいた、そのときたまたま母親が忙しかったのかもしれない。

こうして本来考慮すべき事態を考慮せずにいることで、その後の自分の思考を規定すると生涯にわたって「誰も自分の話なんて興味ないよ。」となる。

年齢的・環境的側面をみると愛着を受けて育っていると考えられるはずの子たちが、どうしても捨てきれない言動や記憶によって自分の客観性にずれを持たせてしまうのです。

どんな要因にしろ、こうして思考によって「自分は愛されていないんだ。」と考えることが常となると、愛されていない自分を認知するようになります。

ただ、このメタ認知を肯定的に活用すると愛着を別な形で受け入れることもできるようになります。

それが他者との関りによって自分に対する愛着のメタ認知を変化させられる理由です。

「残念ながら自分の家庭はお世辞にも恵まれていたとは言えない。でも、○○さんはいつもそんな自分に対して優しくしてくれたし話も聞いてくれた。そのおかげで今の自分がある。だから家族からは愛されたと思ったことはないけれど、決して自分に愛情が欠けているとは思わない。」

これでこの人の「自分には愛する力がちゃんとある。なぜなら○○さんに愛されていたから。」というメタ認知が完成します。

他者による愛着がメタ認知を肯定的にし、その後の自分の考え方を規定する例です。

写真提供:Виктория Бородинова

弊社スタッフのモニタリング事業について

昨日は弊社のスタッフにより行われているモニタリングにお邪魔してきました。
フォイヤーシュタイン、エクストラレッスンを中心にあの手この手を使って場を創造しており、子どもたちも楽しめたようです。

【コミュニティの創造について】

1つのコミュニティがあって、そのコミュニティの中でいかに役割や立場を得て存在感を発揮していくかは大きなポイントだと思います。

その存在感の中には実は「他者と同化していること」と「自分によってそのコミュニティが形成されているという実感」という、一見相反する感覚が含まれています。

これは大人になっても必要とされるところなので、この相反感覚に対する柔軟性とコミュニティとの接点のとり方を児童期から学ぼうとするのです。

こうしたコミュニティ形成にあっては一方に配慮を求めるだけでは良くないし、かといって必然的に生まれるであろう「なぜあの人と自分の作業量・対応は違うのだろうか」という半ば哀しみにも似た気持ちも乗り越えなければなりません。
それを肯定的に受容できて初めて「私は私、あなたはあなた」が増える。

それに誠実に対応することがコミュニティ形成にあっては重要なんだろうなと思います。

とまあ、コミュニティ創造の工夫はこれからますます求められるスキルなわけですが、一方でもっとコミュニティ形成について議論があっていいんじゃないかという疑問も生じつつ、振り返りを含めてモニタリングの意義を実感しました。
写真はこれまでポイポイものを放り投げていた子がコンパクトな空間でアイデンティティを完結させた写真。

長所を発掘する

弊社スタッフが頑張って要約してくれた『ワーキングメモリの脳内表現』という本。

きれいに作り込まれてて感激しました。

私自身まだまだではありますが、それにしてもすごい情報量。

こちらの資料をベースにワーキングメモリや心の理論について検討し、そして実際の場面でどのように応用できるかを話し合いました。

弊社の一番の特徴は

【エビデンスべースはもちろん、いかに学習能力を発掘できるかを突き詰める点】

にあります。

一番専門的なところは専門家に任せるのが良いと思いますが、一番身近な存在が理解を示せるかどうかは学習を楽しめるかどうかに大きく関わってきます。

学びの長所を発掘するという姿勢は一貫して変わりません。

これからもこうゆう舎を宜しくです🙏🙏

高校生がボランティアに入る放デイ

私が運営に携わっている栄眞学園放課後等デイサービスで、高校生の子がボランティアとして手伝ってくれることが決定しました。

ボランティアなので仕事する側としてです。

【放課後等デイサービスとは何か】
就学期の障害のある児童が放課後や休日に利用する場所です。つまり小学生から高校生までが利用でき、栄眞学園放課後等デイサービスにも高校生がいます。

もともと水野が親しくしていた高校生だった、ということもありますが本人がとても意欲的に考えてくれていました。
また、小学生の子が多く大人が関わるよりもスポーツやレクではとてもエネルギッシュに関わってくれます。
足りないパワーをくれるという点でとても意義がありました。

私たちの放デイには当然高校生もいます。
つまりボランティアの子とは同年代です。
その受け入れを可能にしたのは常に開けた空間づくりにあると自負していますが、栄眞放デイには多くのボランティアさんとスタッフが出入りしています。

また、利用者としての高校生の子たちには話し相手が必要だったりコミュニケーションの相手が必要だったりします。

私たちではカバーしきれない話題やコミュニケーションのあり方をフォローしてくれるという点で助かることも理由の一つです。

もともと受け皿を広く持っていたことでこうした形態をとることができたのはとても意義深いことと考えています。

受け入れにあたってはどのような子が来るのか、そしてその子たちが放デイを利用しているのはどうしてなのか、そして放デイを利用しているからと言って特別なことはない、大きな差はないがそれを支えるスキルが必要だ、という話をしました。

私たち放デイのスタッフは子どもをお客様扱いこそしませんが、それでも丁寧な対応を心がけている以上、スタッフが感情をコントロールする必要が生じる場合があります。

慣れない場合、そのコミュニケーションのありかたに葛藤することも多々あります。

なんのために支援をしているのか、そもそも支援の枠組みがあるのはどうしてなのか、そしてどこを目指すべきなのか。

これらは他のスタッフと同様に話しました。

そしてこの受け入れは大変好評で大いに活躍してくれているその子を見ているとスタッフが励まされているようです。

神奈川県ではインクルーシブ教育を推進しており、徐々にこうした差異による生活の場の仕切りはなくなっていくでしょう。特に児童の分野で進むと思います。

神奈川県に限らずインクルーシブの流れは全国の教育の現場でも広がりつつあります。

時間が経過したとき放デイの役割もまた変化していくかと思います。

支援する⇔支援されるという垣根を超えて互いの存在を認めあえる場をこれからも創造していきます。

お知らせとお礼

これまで個人事業で行っていたこうゆう舎は、2019年12月25日付で正式に株式会社となりました。 今後は【株式会社こうゆう舎】として教育業を展開してまいりますので、宜しくお願い致します。 ここまでたどり着いたのは応援してくださった皆様のおかげです。 私たちの日々の活動にご理解くださった保護者の皆様 名も知られていない私たちに関心を持ってくださった皆様 陰でいつも支えてくれた関係者の皆様 いつも励ましてくれたスタッフの方々 そして何より私たちとともに学ぶことを選んでくれた子どもたちへ この場を借りて改めてお礼申し上げます。

【新しい教育の電波塔となる】 すべてはたった1つの、私の些細なこだわりからスタートしました。 『誰にでもある長所を、ちゃんと伝えたい。』 あらゆる能力を言葉にし、それぞれの能力として伝えたい。 言い回しを変えるとかそういうことではありません。 目の前で起こっている学びの中で発揮されている能力を言葉にして伝えれば、必ず力になると信じてやみませんでした。 それは次第に 「発達障害のレッテルを不要にする!」 とか 「知能を細分化すればより具体的になる!」 とか 「『様々』『色々』をタブーにする!」 とか こだわりにこだわりを重ねるようになりました。 こうした積み重ねが少しずつ受け入れられるようになったことは私にとって光栄なことです。 ようやく知識と実践が融合され、1つの新しい教育体系として存在できるようになりました。 それらを今後、より良い学びの環境提供とともに、電波塔となって広めてまいります。
 
すべては子どもが、保護者が、スタッフが、教育者が、そして私が学びを楽しむために。 今後とも宜しくお願いいたします。 株式会社こうゆう舎 代表
水野統彰