お知らせとお礼

これまで個人事業で行っていたこうゆう舎は、2019年12月25日付で正式に株式会社となりました。 今後は【株式会社こうゆう舎】として教育業を展開してまいりますので、宜しくお願い致します。 ここまでたどり着いたのは応援してくださった皆様のおかげです。 私たちの日々の活動にご理解くださった保護者の皆様 名も知られていない私たちに関心を持ってくださった皆様 陰でいつも支えてくれた関係者の皆様 いつも励ましてくれたスタッフの方々 そして何より私たちとともに学ぶことを選んでくれた子どもたちへ この場を借りて改めてお礼申し上げます。

【新しい教育の電波塔となる】 すべてはたった1つの、私の些細なこだわりからスタートしました。 『誰にでもある長所を、ちゃんと伝えたい。』 あらゆる能力を言葉にし、それぞれの能力として伝えたい。 言い回しを変えるとかそういうことではありません。 目の前で起こっている学びの中で発揮されている能力を言葉にして伝えれば、必ず力になると信じてやみませんでした。 それは次第に 「発達障害のレッテルを不要にする!」 とか 「知能を細分化すればより具体的になる!」 とか 「『様々』『色々』をタブーにする!」 とか こだわりにこだわりを重ねるようになりました。 こうした積み重ねが少しずつ受け入れられるようになったことは私にとって光栄なことです。 ようやく知識と実践が融合され、1つの新しい教育体系として存在できるようになりました。 それらを今後、より良い学びの環境提供とともに、電波塔となって広めてまいります。
 
すべては子どもが、保護者が、スタッフが、教育者が、そして私が学びを楽しむために。 今後とも宜しくお願いいたします。 株式会社こうゆう舎 代表
水野統彰

クリスマス会を終えて

すっかり遅くなってしましまいましたが、栄眞学園放課後等デイサービスでは26日にクリスマス会が行われました。 子どもスタッフ合わせて総勢30名にもなる会は大盛況に終わり、寝ているときにしか訪れないはずのサンタさんにも会えて子どもたちも満足だったようです。  写真のケーキはカップケーキで、デコレーションを自分たちでやる、というスタッフの趣向により完成したある子のケーキです。顔サイズのケーキでした笑 こうゆう舎本体でこうしたことを行えないのはちょっと残念な気もしますが、各家庭からサンタの話を聞いたりプレゼントの話を聞いたり、年末年始に向けてご挨拶したりと忙しくさせていただきました。 1人1人に向き合い続けてきたからこそ、1年経って振り返ったときの成長がとても大きく感じられます。 今年も
テストの点数が伸びた、学校へ行くことができた、まるで別人のように明るくなった、自分から頑張るようになった、これまで苦手と思いこんでいた問題が解けた、など挙げればキリがありません。 こうした瞬間を共有できたことはとても幸せなことです。 ありがとうございました。

街かどの教育学〜英語、基礎〜

街かどの教育学〜英語、基礎〜|水野統彰 @noriaki_mizuno|note(ノート)https://note.mu/0729non/n/n13592da3431e

突然ですが皆さん、以下の英文は読めますか?

most terribly cold it was; it snowed,and was nearly quite dark, and evening–the last evening of the year.

アンデルセンの有名な「マッチ売りの少女」の冒頭です。

訳すと大体、

それは一番ひどく寒くふぶいて、もうほとんど真っ暗な一年で最後の日の夜でした。

となりますね。

では

mostterridly cold it was; it snowed,and was nearlyguite bark, and evening–the lasteveing of the year.

だとどうでしょう?

ところどころおかしな英語になっていて読めないですね。

実はこれは、視覚的認知がうまくいかずに困っている人たちの実例です。

b⇔d
q⇔g

のように似た形をしているローマ字が混同されてしまって正確なつづりを把握するまでに時間がかかってしまうのです。

同様に英文に必要なスペースもなくなり、2つの単語が1つのように見えたりすることもあるようです。

これは幼い頃から馴染ませなかったとか字が汚いからとかそういうことではありません。

詳しい原理は分かりませんがどうやら視覚から得た情報と実際に保持している情報が一致していないのです。
もちろん、間違って覚えていたということでもありません。

ちなみにマーカーを引いたり線を入れたりして分かりやすい見え方にする、という方法は通用しませんでした。

つまり視覚的なサポートを入れても効果はなかった

全体像から大まかなイメージを捉えることに長けた人は、細部の変化に気づきにくいので、オーソドックスに考えると注意が向きやすいようにbやdを強調したり、単語のまとまりを意識できるように線をひいたりします。

でもこれはある程度注意を向けることができる人の話です。そもそも注意が向かないので気をつけようがないんですよね。

とまあ、どこから英語の練習を始めたかというと、英語の音読からです。

細部に意識がいかないので単語全体をイメージ化し、さらに音で印象づける練習を行いました。

そもそもどのように発音したら良いのか分からない、つまり目の前の単語と音が一致していないのです。

日本語で置き換えると

「わたしはきょうもたのしいです。」

と書かれたうちの

「きょう」と「たのしい」の読み方が分からない。

分からないからいけないのではありません。そのようなモノの捉え方が苦手なのです。

また、

・good
・government
・going

同じ「go」なのに読み方が異なります。
これがつまづくもう1つの理由です。つまり同じ綴りなのに読みが異なる上に、さらにbとdのような細かい判別が難しいので、それはもう英語というより象形文字です(つまり読めない)。

読み方、見方が分からなくなるのはやむを得ないものとして考え、

文脈やその単語の長さ、特徴からおおよそのイメージを持ち、音声として再生されることで少しずつ英語の理解ができるようになります。

できる限り誰かがそばで一緒に音読してあげると良いですよね。

私はこれがレアなケースではなく、そもそも英語というものを理解するときに同様の理由でつまずいている人が潜在的に多くいるような気がしますが、いかがでしょうか。

文章拙くて申し訳ないです。