街かどの教育学〜英語、基礎〜

街かどの教育学〜英語、基礎〜|水野統彰 @noriaki_mizuno|note(ノート)https://note.mu/0729non/n/n13592da3431e

突然ですが皆さん、以下の英文は読めますか?

most terribly cold it was; it snowed,and was nearly quite dark, and evening–the last evening of the year.

アンデルセンの有名な「マッチ売りの少女」の冒頭です。

訳すと大体、

それは一番ひどく寒くふぶいて、もうほとんど真っ暗な一年で最後の日の夜でした。

となりますね。

では

mostterridly cold it was; it snowed,and was nearlyguite bark, and evening–the lasteveing of the year.

だとどうでしょう?

ところどころおかしな英語になっていて読めないですね。

実はこれは、視覚的認知がうまくいかずに困っている人たちの実例です。

b⇔d
q⇔g

のように似た形をしているローマ字が混同されてしまって正確なつづりを把握するまでに時間がかかってしまうのです。

同様に英文に必要なスペースもなくなり、2つの単語が1つのように見えたりすることもあるようです。

これは幼い頃から馴染ませなかったとか字が汚いからとかそういうことではありません。

詳しい原理は分かりませんがどうやら視覚から得た情報と実際に保持している情報が一致していないのです。
もちろん、間違って覚えていたということでもありません。

ちなみにマーカーを引いたり線を入れたりして分かりやすい見え方にする、という方法は通用しませんでした。

つまり視覚的なサポートを入れても効果はなかった

全体像から大まかなイメージを捉えることに長けた人は、細部の変化に気づきにくいので、オーソドックスに考えると注意が向きやすいようにbやdを強調したり、単語のまとまりを意識できるように線をひいたりします。

でもこれはある程度注意を向けることができる人の話です。そもそも注意が向かないので気をつけようがないんですよね。

とまあ、どこから英語の練習を始めたかというと、英語の音読からです。

細部に意識がいかないので単語全体をイメージ化し、さらに音で印象づける練習を行いました。

そもそもどのように発音したら良いのか分からない、つまり目の前の単語と音が一致していないのです。

日本語で置き換えると

「わたしはきょうもたのしいです。」

と書かれたうちの

「きょう」と「たのしい」の読み方が分からない。

分からないからいけないのではありません。そのようなモノの捉え方が苦手なのです。

また、

・good
・government
・going

同じ「go」なのに読み方が異なります。
これがつまづくもう1つの理由です。つまり同じ綴りなのに読みが異なる上に、さらにbとdのような細かい判別が難しいので、それはもう英語というより象形文字です(つまり読めない)。

読み方、見方が分からなくなるのはやむを得ないものとして考え、

文脈やその単語の長さ、特徴からおおよそのイメージを持ち、音声として再生されることで少しずつ英語の理解ができるようになります。

できる限り誰かがそばで一緒に音読してあげると良いですよね。

私はこれがレアなケースではなく、そもそも英語というものを理解するときに同様の理由でつまずいている人が潜在的に多くいるような気がしますが、いかがでしょうか。

文章拙くて申し訳ないです。

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