遊びがなんとなくありがたく思えてくる話③〜ごっこ遊び「創造力の源、見立て遊び」〜

前回に引き続き「ごっこ遊びPart2」、今回は見立て遊びです。

振り返ったら前回のは読みづらかったのでどう書いたら面白くなるか模索中です。筆者のテンションが上がったからですね。

さて、ごっこ遊びに移行するプロセスとしてまず模倣するところから始まり続いて「見立てる」ステップがあると前回書き記しました。

見立て遊びというのは物を始めとした何かを、自分の知っている異なる物や興味関心のある物、事に見立てて遊ぶことです。

ところで皆さんは見立てて遊ぶことはありますか?

私はあります。

これ、大人になると中々やらないんですよ。

ところがですね、近年「育まなければならぬとされている創造力」の源はここにあるのです。

比喩的表現とは異なりますからね。

では実際にやってみましょう。

「ペットボトルを魚に見立てる」

「テーブルを車に見立てる」

「猿を怪獣に見立てる」

「だるまを最強のヒーローに見立てる」

何かイメージできましたか?

つまり

「魚のようなペットボトルができる」

「テーブルサイズの車が走る」

「猿が巨大化する(猿の惑星)」

「だるまヒーローが世界を救う」

残念なことに私は今大真面目にこれらを書いていますから「幸せな発想だね!」「創造力豊かだね!」って言われても「何か?」ってなります。

ところが同様に乳幼児は本気なのでこの世界観を甘く見てはいけない。

前回の結論は「ごっこ遊びは自分が社会を構成しようとするための試行錯誤の初期段階」としました。

結論であり発見ですね。

今回のように何かを見立てることによって創られた世界は彼らにとって現実であり、夢の国ではありません。

これは超重要と考えています。もちろん実現する可能性について検討する知能や知識や活動性もまだ備えていませんが、少なからず目の前で行われていることは彼らにとって実現した世界です。

彼らにとってそれは創造物ではなく現実的な存在なので、遊んでいるというよりは社会構成のために試行錯誤した結果生み出された造物なんです。

この理屈で大人が少し枠を広げて考えれば

「寝静まると自動的に薄くなる照明」といった実用的なアイディアから

「スマホをホットケーキに見立てて丸いスマホ」が出来上がったりとか。

案外身近なところにアイディアとか創造性って転がっていると思いませんか?

でも見立て遊びの本来の目的は創造性を育むことではなく、社会を構成するための試行錯誤の初期段階です。

こう繰り返すことの意味がなんとなく伝わってくれればいいなと思いつつ、また次回に話を進めたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です