遊びがなんとなくありがたく思えてくる話②いないいないばあっ!~なぜあんなにも喜ぶのか~

さて、前回から「いないいないばあ」について本気で考え始め今日が2回目です。2回目は「なぜあんなにも喜ぶのか」というテーマです。

まず大前提としていないいないばあは大人がどんな表情をしているのか、ということがとても重要です。言わずもがな。例えば大人の表情が無表情だと子供は沈黙するし笑いもしないし最終的には泣き出す。
マサチューセッツ工科大学で行われた実験は有名ですね(この同後は生後4か月のようです)。

つまり正面に「自分を見て笑わせてくれる&笑ってくれる対象がいる」というのは赤ちゃんの精神的な発達に影響を及ぼしていることを証明してくれました。

ちなみにですけど、こうした表情の共感はどの発達年齢であっても常に優先されるかと言うとそうではありません。
言語がある程度理解できるようになると言語的な共感が優先される時期があります(大学の頃教育心理学で動画を見せてもらいました)。もちろん機械的な応答では共感として認識されませんけど。

とにかくいないいないばあで遊ぶためには「笑っているor楽しそうである」ということは欠かせません。

いないいないばあをするにあたって前回は月齢を5~6カ月ごろ、と記載しましたが、それはあくまでいないいないばあを楽しむことができるようになる月齢でした。

発達の月齢によっていないいないばあの楽しみ方が変化しているんですね。
生後5~6カ月は単純に目の前に楽しそうな人がいるから楽しそう!

ある時期を境に「何が出てくるか楽しみにする」ようになる。←ピアジェの理論をもとに考えると10カ月から対象の永続性を理解し始める。これと関係あるのかな?

やはり月齢によって楽しみ方が変わっているのかもしれないですね。これはちょっと泥沼にはまる予感がしてきた。

ところでいないいないばあは大体1回だと面白くないので多くの人が繰り返し「ばあ!」ってやると思うんですけど、この繰り返しって結構面白いみたいですね。
これも月齢によって若干の変化はありますけど、でもいないいないばあにとってこの「動作が繰り返される」ことの面白さは必要不可欠な気がします。
乳幼児は成長過程で繰り返しを楽しむ時期があるんですけど(動作にせよ言葉にせよ)、これはそのままいないいないばあにも当てはまることで。もちろん当然大人が面白そうにしていないと面白くないんですけどね。
ただの繰り返しではなく何が繰り返されるかが重要ということですね。


大人が遊びたいと思った感覚がそのまま共有され、しかもそこに繰り返されていることの楽しさを取り込み楽しい感覚を誘発するのがいないいないばあだということになります(なりました)。

擬音語が同じ言葉の繰り返しで構成されているのもこの繰り返されることへのどことない面白みがあるからなのでしょうね。

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