遊びがなんとなくありがたく思えてくる話②いないいないばあっ!~実は大人発の以心伝心ゲーム~

言わずと知れた「大人対赤ちゃん」の遊び。前回の鬼ごっこからの落差がすごいですけど気にしないでください。
今回のタイトルは「実は大人発の以心伝心ゲーム」と設定しましたが、ただ顔を隠してあやしているだけではなさそうだ!ということです。

いないいないばあって自分の調べた限りでは語源も始まりもはっきりしないんですよ。でも赤ちゃんと遊ぶ時にまず間違いなくやる遊びですよね。
文化として受け継がれているからやるのか、やられて楽しかった記憶が無意識に残っているからやるのか、それともやって楽しいからやるのか。

ちなみにいないいないばあを楽しめるようになるのは生後5カ月~6カ月とされているのですが、それはですね

1. 視界がぼんやりとしている
2. 徐々に人を認識できるようになってくる
3. 最も面倒を見てくれる人と、そうでない人の顔の判断がつくようになってくる
4. 最も面倒を見てくれる人の表情に合わせて感情が動くようになる(意思表示するようになる)←ココ!

4にあたる時期が生後5~6カ月が標準とされているからです。多少の前後はあります。

ところで「いないいないばあは前頭前野を刺激するため、ワーキングメモリーを鍛えるのに良い。」そうですけど、自分はよく理解できていません。それは改めて考察するとしてむしろいないいないばあの醍醐味はですね・・・。

「遊びの感覚を共有することができる。」!

これです。
赤ちゃんは他者の動きを観察して「これ誰?」とか「この人楽しそうね!」みたいなことを雰囲気から察するようになる。そして大人の側は「ほら、楽しそうでしょ?」ということを全力で伝えにかかるわけです。そして赤ちゃんが笑えば「やった!」ってなる。ここに意思の疎通がうまくいくかどうかの以心伝心ゲームみたいな要素があるのですよ。

つまり大人の意図した感情をどれだけ上手に伝えられるか、そして伝わるかどうかで遊んでいるのですね。
赤ちゃんは心躍る出来事が目の前で繰り広げられるのでキャッキャと笑うんですよね。それが期待しているから楽しいのか、瞬間的に相手の感情を理解しようとしている力が働いているから楽しいのかについてはちょっと議論したいところでもある。

というわけで「なぜいないいないばあをやるのか」を考えたときに、赤ちゃんの側は特に「この遊び楽しい!」って考えてるわけではないし大人の側もそこを想定してやるわけではない。でもほとんどの人がやる。

やはりこれは大人側の赤ちゃんと遊びたい心理が見事に赤ちゃんの心理にマッチした結果なんじゃないかと思うのです。
はっきり言うと「大人が赤ちゃんと遊びたいからいないいないばあをする。」ってことです。
だから何だろう?ってなりますけど、今回はとにかく遊びについて本気で考えてみることが主旨なので結論はあまり期待しないでください。
ただ敢えて結論付けるなら、「いないいないばあ」は子供をあやすために編み出した大人の遊びだよってことでしょうか。いないいないばあに限らず赤ちゃんをあやすのは大体遊びか。

そして次回は「なぜあんなにも喜ぶのか」について、まとめていこうと思います。

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