遊びがなんとなくありがたく思えてくる話~鬼ごっこ「とりあえずできるベーシックな遊び」~

あるメンバーと話をしていて「かくれんぼは最強の遊びだと思う。」という話をしていたら思いのほか盛り上がったので
、遊びについてわりと本気で考えてみることにしました。
ただ遊びについて考察するだけなので遊びの重要性を説くとか遊びが教育的にどう効果があるか、ということではありません(それは面白くないから)。

では、鬼ごっこから始めます。

出だしから「鬼ごっこかよ、普通だな。」みたいな声が聞こえてきそうですけど、実際鬼ごっこは話としてはそこまで面白くない。

でもなぜ鬼ごっこが最初に来たのかというととりあえずベーシックな遊びだし一番汎用性が高い遊びなんですよね。
っていうか、遊びの多くはこの鬼ごっこに通ずる、みたいなところは結構ある。

さらにこの「とりあえず」みたいな遊びって結構重要なんだと思うのです。
ただ2人いれば成立しますからね(つまらないけど)。1対多数が一般的。

さて、鬼ごっこの歴史を少したどってみることにしましょう。

鬼遊び,オニゴトともいい,子供の集団遊技の一つ。鬼追い,鬼平祭 (鬼が出現し大いに暴れたあと圧伏される) などの神事芸能の模倣から一般化したものである。1人の子供が目隠しをして鬼になり,その他は逃げ手として鬼に捕えられないように逃げまわる。「鬼さんこちら,手の鳴るほうへ」とか「鬼のいない間に洗濯しましょ」などと,鬼をからかう言葉を言ったりする。
(https://kotobank.jp/word/%E9%AC%BC%E3%81%94%E3%81%A3%E3%81%93-40854)

また、
「人間生活を脅かす存在としての<鬼>を追い払う追儺(ついな)などの祭事が、子どもの遊戯として伝承されたものと考えられる。」
とあります。
もとは鬼やらいともいう鬼払いの儀式でもあるそうで、中国から平安時代に伝わってきたと考えられています。

(同上)
また、「鬼事」という五穀豊穣を祝う宮中行事の儀式として行われていたとか。

いずれも「大人の儀式発」ですね。

でも本来追いかけたい衝動と追いかけられたい衝動って大人になってから芽生えるものではなく、子どもの頃に一般的にみられる行動の源泉だと思うんですよね。好奇心でさえこれ。

ってことは「鬼ごっこ」という名称の由来ではあり得ても、遊びとしての鬼ごっこの起源となりうるかと考えたときに疑問が残りました。
現に海外にも鬼ごっこに似た遊びは数多く存在しているようです(英語ではTagというらしい)。
だから遊びが儀式に転じたんでしょうね。

で、繰り返しになりますけど「子どもって素晴らしいよね!」ってことを言いたいのではないし「大人になるためには遊びが必要!」ということを主張したいわけではない。

鬼ごっこってルールが豊富にあるんですよ。思いつくだけで
1. 普通の鬼ごっこ
2. 氷鬼(タッチされたら凍って動けなくなる)
3. 増やし鬼(タッチされたら新しい鬼となる)
4. 高鬼(高いところにいる間は鬼はタッチできない)
5. ケイドロ(もはや別物だけど一応鬼ごっこが原型)
6. つなぎ鬼(タッチされたら手をつないで鬼になる)
7. 目隠し鬼(鬼が目隠ししている)

多分他にもローカルルールとかあったりバリアはったりでタッチしたのにわけわからないルールで「今のタッチじゃないし!」みたいになって喧嘩したりするんだけど、とにかく原理が「逃げる」「追いかける」だからあとはいくらでも変えられるんですよね。

それぞれの起源を追いかけるのはきっと困難なのですけど、こうした遊びもすべてが(仮に鬼ごっこの名称は貴族発祥だったとしても)大人から誕生したはずはないと思うのです。

 

ちなみにこうした鬼ごっこの多様性はブリューゲルの「子どもの遊戯」という絵にも描かれているようです。


(https://www.musey.net/3786)

 

最近だとスポーツとしての鬼ごっこも誕生しているので大人でさえ楽しもうと思えば楽しむことができる。
いずれにせよアイディア1つでルールをいくらでも変化させられるのも鬼ごっこが長年遊ばれている特徴の1つなのだと思います。

でも鬼ごっこって身体的な強弱に左右されるしいつまでも「鬼」でい続けるのって結構しんどくありませんでした?たいてい
鬼ごっこが終了するのはご飯の時間になるかチャイムが鳴るかといった時間制限があった場合、そして鬼が挫折するか鬼が捕まえるまでに時間がかかりすぎて飽きるパターン。

鬼って運悪く当たれば容赦なく挫折感を味わうんですよね。逃げる側は多数なので鬼が来なければ「まだ~?」みたいなことを言ってけらけら笑ってるだけでも楽しいし、それに飽きたら「もうやめようぜ~。」って言って辞められる。
鬼って投げ出しても悪者。捕まえきれなくても悪者。中途半端に何人か捕まえて疲労困憊したときも結局捕まえられなくて「あ~あ。」ってなる。

鬼って損な役回りだと思います。
考えてみればそういう損な役回りにある鬼がもっと面白くなるようにということで新しいルールが考案されたのかもしれないですね。
鬼が平等に戦おうとする。増やし鬼とかその典型だと思います。この辺りはそれを見てかわいそうだと思った大人の優しさがあったのかもしれません。

さて、鬼ごっこの1番の特徴はシンプルな遊びの形態である、ということでした。

本当に頭を使う必要がないんですよね。追いかけられるのが楽しい、追いかけるのが楽しいということの延長にあるだけなので。成長にとって鬼ごっこが必要かと言われればそれははっきり言っていらないんじゃいかと思います(暴言)。っていうくらいシンプルで融通が利くってことです。

というかそもそも「この遊びは絶対必要でしょ。」という遊び自体知らないのであったら教えてほしい。

そうはいっても鬼ごっこは引き続き代表的な遊びとして遊ばれていくだろうし、やっぱり楽しいんでしょうね。

学校で「一番盛り上がる鬼ごっことは何か!?」みたいな議論をしたら盛り上がると思う。やるなら大人の事情介入なしにして。いざこざありきで。

では総括。
① 鬼ごっこはそんなに大した遊びじゃない
② 遊びが儀式に転じたパターン
③「追いかける」「追いかけられる」が最大の魅力
③ シンプルがゆえに汎用性が高い
④ ルールを変えたのは鬼に対する人情
⑤ 議題にちょうど良い。

以上、鬼ごっこでした。
初回なので全部記載しました。次回からはもっと小分けにします。

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