覚えられない子の心境

 

相手に対して「覚えよう。」という言葉を使用したことが(まったくではありませんが)滅多にないように思います。これは学習に限らず生活習慣や課題の提出、日常生活における必要なルーティンなども含めてです。記憶量は必ずしも同等ではなく、同じように想起するまでにかかる時間も同等ではありません。したがって記憶の構成のされ方は個人によって最適な方法があるのであり、習慣についていえば定着するまでにたどる道のりも多様です。だから「覚えよう。」と言われてもその一言が無理難題であるように感じられてしまうのです。

記憶術、という言葉があるように記憶にはいくつかの方法があります。おもいつくだけでも①自由連想②まとまりをつくる③反復⓸イメージ図 など。そしてどれが最適か判断するときに立体感覚や想像力の程度などを考えたりするのですが、当然はじめから合致することはなく手探りで始まります。

しかしこうした手探り以前にどうも「記憶することをあきらめる」ということが多くありました。記憶をあきらめるということはそもそもインプットができないので、何も吸収できない状態にあるといえます。これでは成長が止まるのも無理はありません。

したがって「覚えよう。」という言葉は「覚えようとしたが無理だった。」という意識にすぐに至ってしまうためできれば避けたい言葉なのです。

こうして覚えることをあきらめた児童ですが、面白いことに「覚えよう。」と言われたつづけたことよりも、同じ課題を何となく提示された方が比較的定着しやすいことがあります。何より覚える、ということに対する抵抗意識が比較的少ないように思えます。

闇雲な反復ではなく、こうした抵抗意識から目を向けて支援方法や指導内容を考えることの重要性を改めて認識しました。

物覚えの良し悪しによって頭の良し悪しが評価されているような傾向があり、ここはもっと注意を向けられてもいいのではないかと考えています。

 

“覚えられない子の心境” への2件の返信

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