「うまく言えない」言葉にこそ耳を傾けてほしい

・「うまく言えないんだけど・・・」は大事な訴え
・どうしてうまく言うことができないのか
・「うまく言えない」を形にしてあげるのが支援者の役割
・自発性を促すという「待ち」の罠

「うまく言えないんだけど・・・」は大事な訴え
言葉というのは自然と口から出ているようで無意識のうちに取捨選択され、できるかぎり適切な言葉で伝えようと言葉を選んでいます。社会では「相手に伝わりやすいように言葉を伝える」ことが重要とされていますが、そもそも言葉は自分の内面を表現するために作られた表現技術でもあります。相手を考える以前に自身で何を訴えたいのかをはっきりさせておく必要があります(ちなみにこれは僕は苦手です)。

ところで「うまく言えない。」というと言葉に詰まるイメージがありませんか?実際はもっと幅広く捉え「ふいに出てきた言葉が本人のイメージと異なる場合」もうまく言えない状態に含めて良いと考えています。そうでないと言いたい放題の児童から発せられる言葉はすべてが本心だと受け取られかねないからです。
しかし発信した言葉が必ずしもすべて本心であるとは限らず、持っている語彙や使用頻度、習慣やその言葉のうちにある背景を考えると実は発せられた言葉に多くの意図が含まれていることが分かります。

どうしてうまく言えないのか

これには
①言葉で表現してみるものの、的確さに欠ける場合
②適切な言葉が分からない場合
③口をついて出てきた言葉が意図と異なる場合
④言いたいこともはっきりしているが発して良いのか迷っている場合

が当てはまります。ここで支援者としては①②の場合と③の場合、そして④の場合とで対応の仕方が変わるのです。
後で触れますが一様に「言葉が出るまで待つ」というのでは実は通用しない、ということです。

「うまく言えない」を形にしてあげるのが支援者の役割

①の場合が一般的に「うまく言えない」状態を示している場合でしょう。このとき不思議なことに「悲しい。」「嬉しい。」「楽しい。」「苛立つ。」というシンプルな感情ではなく、「もどかしい。」「煮え切らない。」「やるせない。」といったどうしようもないような状態を代弁してあげると、意外にすっきりすることがあります。つまり、はっきりとしないもやのような状態を表現するための言葉を探していたということです。

②の場合は語彙と実際の感情の結びつきが乏しい、または感覚を表す習慣がみられない場合などです。また、語彙の獲得数が少なく口にすることができない場合もあります。このときには事実関係を整理することからはじめ、最終的にシンプルな感情表現を代弁することで理解へとつなげることができます。

③の場合は衝動的に発せられた言葉が本心そのものではなく、実際の気持ちより先に言葉が出てきてしまったために起こる場合です。このときは気持ちを整理し、発せられた言葉の背景を理解し、実際の本心を理解することが大切です。

④の場合は何らかの理由で口にするのをためらっている場合ですね。誰でも言いたいことを言いたいようにいえるわけではなく、心理的に葛藤を抱えているとこうした「言いたいけど言葉に詰まる」状態であるといえます。この場合は「自発的に言葉が出てくるまで待つ。」という姿勢が求められます。もしくは周辺の言葉を伝えながら柔らかくその言葉にアプローチしていく姿勢が大事といえるでしょう。

こうした「うまく言えない状態。」というのは大人であっても十分ありうることですが、児童との関りにおいて「うまく言えない。」という場面では、1つ1つを明らかにしていくプロセスを共にしてあげるのが支援者、教育者の役割ではないかと考えています。

自発性を促すという「待ち」の罠

そして「本人の自発性を大切にしたいので言葉が出てくるまで待つ。」というのは主に④の場合には通用しますが、それ以外の場面ではあまり効果的な対応とは思えません。むしろ状況にせよ心境にせよ、1つ1つを紐解く過程を共にできる関係性が重要なのではないでしょうか。そのためには支援者として語彙を豊富に持ち、相手の感情を理性的に判断し、共有していく関りを大切にしたいものですね。

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